マブイウタ / 宮良牧子

 「ウタを録れる」という事と、「良いウタを録れる」という事は、全く別の事らしい。

久しぶりに三野さん(註1)と一緒に仕事をしている時に、そういう話題になった。 20年ほど前、世間はとても鷹揚で、「この子のウタを録ってください」という依頼が、同業他社から三野さんの元に何度も舞い込んだという。 自社のディレクターが「良いウタ」を録れないという判断は辛いものだと思うが、そういう事実を認識している管理職の方が頼もしいのは疑いようがない。

 音程がしっかりしていて、リズムや譜割りが正確で、詩がハッキリと聴き取れるウタは良いウタなのか? それは良いウタの必要条件かもしれないが、十分条件とは言えない。 大多数の人々は、必要条件を満たす事を目指してボーカル録音を行っている。

 マッキーのファーストアルバムは、ほとんど同時録音で行われた。 同じブースにギター、三線、ボーカル、パーカッションなどを配置し、やり直しのきかない一発録音のテンションの中で、新人ボーカリストが素晴らしいパフォーマンスを披露した。

我々制作スタッフには、その時の印象が強く残っているので、当然のように、セカンドアルバムでも同じような録音方法を取ろうとした。 しかしながら、誰にとってもセカンドアルバムは難しいもので、マッキーの頭の中は、「より良く歌いたい」という願いで占められている。

 我々は、その願いに応える方法として、「好きなだけ歌ってもらう」という荒技に出た。マッキーが、「もう無理!」と思うまで歌ってもらう。 その中から、音質的(註2)にもパフォーマンス的にもベストなテイクを選ぶわけだが、不思議なことに、ほとんどの場合、それは1テイクに限られていた。 複数のテイクをつなぎ合わせたりするのではなく、ほとんど一本のウタが基本に選ばれた。 何曲ものボーカルを録り進めながら、うっすらと頭に浮かんできたイメージは、「ああ、こういうのが感情や意志を越えたところで歌うっていう事なんだな。魂(マブイ)が歌っている。」

マブイウタというタイトルの由来である。


註1)三野さん
 80年代に活躍した庄野真代、山下久美子、ジューシーフルーツなどをプロデュースし、独自の感覚でジャストフィットしたボーカルを録る事のできる 数少ないディレクターとして大活躍していた。現イーライセンス代表の三野明洋氏。

註2)音質的
 ほとんどの場合、「優れたウタ」は素晴らしい音質で再現される。我々は、そのウタが出現するタイミングを、最高にして最適な機材を用意して待ち受ける。 今回はU-47Tube、Brabec謹製の真空管マイクプリ等を用意し、EQ・COMPの類は、一切使用していない。MIXDOWNに際しても、音圧を高める為に詰め込むような事はしていない。 なお、プレスに際して「音匠仕様」を採用し、再生時にも音質を損なわないように配慮した。
illust : pokke104

宮良牧子オフィシャルウェブサイト